難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
万物は流転する
久しぶりに更新します。
冬は冬で楽しみました。スキーはやっぱり中毒性が高いです。滑ること自体が爽快だということは疑う余地もないですが、シーズンに終わりがあって、一旦はブーツを脱ぎ、片づけなければならない、そういう名残惜しい瞬間のあるところもまたいい。3シーズンはジョギングして、来シーズンはもう少し上手くなりたい。雪はどのぐらい降るのだろう。そういう身体と自然に向き合った伸びしろに楽しみがある。
時は移ろい、身の回りにもいろいろと変化がありました。子どもが小学校中学年になりもうどう見ても幼子とは言えない人間になったこと。仕事に異動があり、環境が変わったこと。ガラパゴス化していたネット環境が現代的になり、仕事上必要だからということで遅ればせながらモバイル機器を持ち歩くようになったこと。バイクの呪縛から解放されたこと。地域やPTAの役を務めることになったこと。
かなり忙しい身の上になったことで、否定的だったモバイル通信を導入しましたが、この便利さに力を借りる場面が多くなると、なぜいままで否定的だったのかわからない、と感じている自分がいて、ハッとします。
今さらの議論かもしれませんが、便利さを否定するのではなく、便利さに鈍感になることや、身体機能が退化すること、行間を読んだり慮ったり、センスが平坦化して錆ついてしまうような無意識、無頓着、怠慢、これに自ら視点を持っていることが大切なのであって、そうでなければ人間はそのうち、手帳を上手に扱う者ではなく、逆に掌に載るような手帳に操作される単なる指になってしまう。
スポンサーサイト
「MY服」に思う。
おもてなしニッポンを標榜してはいても、赤ちゃんは捨てる、動物は虐待する、自らの顔に泥を塗るだけでなく、信頼関係それ自体をも冒涜するようなお話が出てくるなど、昨今、ロクなことがない世の中がさらに質を落としているような気がしています。
そんな中ではありますが、久しぶりにちょっと心が動いたことがありました。イヤな世の中だ、と投げ捨てるようなセリフを吐くことは容易いのですが、下記のような記事を見つけると、少し可能性を見出したような気がして、ちょっとヘンかも知れませんが心が温まりました。
つまりこれというのは、価値観の新しい側面をどんな人にも体感させ、具現化させる手段なんじゃないかということです。少し前までは、Tシャツ一枚に壱万円以上使うことが「いいこと」であり、服を着ることの前にブランドを着ることが優先されるような価値観があったと思います。だけど、もうそういうのは少しづつ違う形になりつつある。ユニ○ロの服は、古い人間からすると、安さ相当のモノの域を出る事はないと考えられているし、没個性の大量生産品にはどこに価値を見出していいのかわからない。こういうのが前時代的な価値観になろうとしている。少なくとも、そういう予兆が、この記事にはあるような気がします。
自分が着る服に自分自身で価値を付加し、それに愛着を持つことができるというのは、新鮮かつ幸せなことです。でも、よく考えてみればもっともっと昔の、古き良き時代といわれるような頃には、普通に行われていたことですね・・・。

http://news.mynavi.jp/news/2013/09/17/213/index.html

紫色の国
キャンプへ行くだけでは満たされないということで、何年かぶりに海外で夏休みを過ごしてきました。本当に偶然ですが、少し長い休みが取れたのです。
以前の自分のブログを読み返してみると、やはり夏には滑稽なぐらい日々の生活に追い立てられ、まさにそこから逃避するようにリゾート地へ出かけています。いろいろと思うところがあったのでしょう。割と丁寧にわけのわからない文章を書いています。
今回は、同様に南の島に癒しを求めて行くことになったのですが、ここ数年は我が家はアウトドア指向が高く、事前にラフティングだの、カヌーだの、動物だのと予約を入れて行ったため、総じて忙しいリゾートライフになってしまいました。何を思ったのか機中や或いはプールサイドでの読書三昧を期待して、前から読みたかった「悲しき熱帯」を上下巻とも持って行っていたのですが、まったく読む時間は・・・

lotus02

その代わり、現地の人との交流は、なかなか面白く温かく、不愉快な思いをしたことは一度もありませんでした。世界的に有名なリゾート地の贅沢な地域だという事もありますが、たおやかで、リラックスした空気がまず全体を包んでいて、日々の生活と比較して一番ギャップに思うのは、全てが「緩さ」の中でバランスできているということでした。

blueleafsea

これをしてはいけない、ここには立ち入らないでください、危険ですからこれはできません、そういうフレーズによって心が戦々恐々とするような、ささくれ立つような思いをしなくても、誰も侵すものはいないし、そのようなことに神経を費やすよりも、もっと美しいものを眺める時間が必要だし、それはどこの国の人であっても、この紫色の国の中では同じなのです。

lotus01

妻が何度か言いました。「日本の昭和40年代みたいな街だ」。スマホやタブレットも売っているけど、なにより懐かしいような風情がある要因は、物質的なものではなくて、社会全体の緩い空気に他ならないと思います。緩いのは確かに合理的ではないし、時間も費やすことかも知れないのですが、人の心の温かさというのは、夢を語る時間の多さや、その絵地図を広げるスペースの大きさ、社会の寛容さがもたらすものだと思います。

purplesea

旅行から帰ってみると、あのジ○リの宮崎さんが引退するということで、「この世は生きるに値する」を伝えるのが根幹だとおっしゃいました。しかもそれは幾世代にも亘って繰り返し置かれたテーマだと。しかし僕はこういう言い方は誤解を招くと思います。今の日本なら、生きるに値する世界は、どこかにあるから見つけよう、探そう、とする人が多いと思います。探さないといけないでしょうね。無いんですから。

紫色の国へ行けば分かるかも知れません。上品な紫色が、僕は好きになりました。
しかし巡礼ときましたか
やっぱり期待している人が多いのか、タイトルからいろいろな憶測が出ているようです。前回が記号めいていて、今回は説明的。反動なんでしょうか。

http://news.mynavi.jp/news/2013/03/15/150/index.html



そういえば、名著の誉れ高い「世界の終りと…」では、「と」のあとに「、(句読点)」はなかったですよね。

春は年度変わりで何かとバタバタするし、花粉症は厄介だわで、あまり楽しくないのですが、一つ楽しみができました。
珍しく近況など・・・
ウチの娘が七五三を迎えたため、某虎の球団が必勝祈願を行うという神社でかしこみってもらいました。なんでもアグレッシブなエッセンスを持ったご神体をオマツリシテいるということで、(まあそういうことは拘って選んだわけではないんですが)どちらかというとコンサバ優等生路線を歩んでいる我が子には丁度いいかも知れません。

その割に、千歳飴を貰ったらアグレッシブに駆け出すオテンバぶりですが・・・
つぶやき以上虚言症未満-千歳飴RUN

もう一人最近我が家にお迎えした娘のほうはというと、かなり「ふくよか」に。なにしろ色黒なので、写真に表情を収めるのが難しい・・・。
$つぶやき以上虚言症未満-ノエル2









秋が過ぎていきます。小さいものはどんどん大きくなって、賢くなって。なのに僕のカメラの腕前は一向に上達しません。一年前に意気込んでいいカメラを買ったのです。昨今の機材は性能がいいので、役には立っています。数々の場面で、それなりのが撮れていますから。でも、それなりでしかないんでは、いけませんね。
$つぶやき以上虚言症未満-紅葉
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。