難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
世界で一番弱い人間は誰か

なぜ親は自分を産んだのか?生きる苦しみなんて味わいたくなかった・・・。こんな投稿がありました。でもこの人の投稿を見ていると、楽になりたいとも書かれています。他の回答者は、「親の様々な選択枝のある中で、今のあなたがあるのだから、こんな投稿しないで親と対話しろ」と言っていますが、そもそも、このような課題は、自分自身が考えて、克服しなければ意味がないと思いますし、脆弱な思考に至るのは、ある意味では親の代から始まっているとも言えるので、そこは解決を導く答えではないと思います。そこで、僕も考えてみました。


「生まれないでいればずっと「無」でいられて楽だったろうに…」無が楽とか苦を認識するなんて聞いたことがありません。つまりあなたは、ネガティブな思考で頭が一杯でありながら、「楽」ということも「苦」ということも知っているわけです。
確かに産んだから感謝しろとか、愛があったからとか、そういう言葉では、あなた自身の人生があなたのものだという基本的な部分さえ伝えるものにはなっていませんが、だからといって人生を牢獄と位置づけるなら、人生がバラ色だと感じている人は何なのでしょうか?
産まれる前の物体に要請されて産む親はいません。つまり、ひとたび生まれてしまえば、根源的にはあなたは独立した一個の人間ですし、世の中を牢獄と思おうが、死ぬのが怖いと感じようが、自由にしていいわけです。むろん、親に感謝するもしないも自由です。ただ、あなたがそうやってネガティブな思考を(批判覚悟してでも)御礼のチップ付きで公に投稿する原理的な動機はなんなのでしょう。私には、あなたが正反対のことを欲しているからだと思いますが。生きている限りは、そうなる可能性があります。


・・・本当の絶望を経験しているわけでもないのに、自分自身で創り上げた絶望で周りを固めてしまっていることほど馬鹿馬鹿しい行為もないでしょう。ちょっところんだだけですぐに救急車を呼ぶような、そんな精神性では、自分の弱さを見つめることさえできないのです。

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。