難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
笑うとはなんであるか

ある人は、他の人に比べて自分はあまり笑う事がない、何がそんなに可笑しいのかわからない。しかし、そんな表情の無い自分にも、少し嫌気を感じる・・・。そういって悩みます。こんなとき、どう考えればいいのでしょうか。


人間の自我は、絶えず他人の了解、認められを必要とします。価値基準のやり取りなしには人間は生きられないのです。自我を持つ人間の本性は、ほんとうや良いもの、美しいものへの惹きつけられであり、これらが持つ可能性に向かって日々行動することこそが人間の生なのです。
ただし、それぞれの人間が持つ価値基準はバラバラであり、そのバラバラなものの中から意見を摺り合わせて共有できることを探るのが他人との関係、周りとの関係です。そしてそれらの束が社会を形作っています。私達が常識やあたりまえとして認識していることも、こういうところから作り上げられていくのです。
あなたが周りを見渡してみて、その範囲で笑うべき場面がないというのは、自我に訴えかけるほどの価値を認めていないということですから、それはそれで認めるしかないと思います。「普段の何気ない会話でも笑いながら喋っている」という行為は、馬鹿馬鹿しく、馴れ合いにしか見えないかもしれませんが、その場に居合わせる者同士が価値基準を摺り合わせて共有できることを高め合わなければならないのなら、自分のロマン性や価値観は一旦自分の中にしまっておくとしても、対応していく、共有できる、そういう態度のほうが人間性としては一枚上手だと思うのです。
「笑う門には福来る」・・・笑うのは「門」であって、あなた自身や誰か特定の人のことではない。なかなか上手い言葉だと思います。


・・・結局このようなことも、悩んでいる人にとっては自分自身の悩みであるとしてしまいがちですが、本当は関係性の問題なのです。さらに、関係性という目に見えない話になると、直ちにそれは、決ったもの、ある形が予め固定されているものだと考えがちですが、実はそれも違う。

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。