難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
悩みどころはどこなのか(結婚観について)

お正月には、親戚が集まって話をする機会もあるでしょう。ちょうど僕らぐらいの歳になると、親類の中に結婚適齢に差し掛かる男女もいて、周りから「そろそろだなあ」とつつかれたりしています。昨今は晩婚化や結婚そのものに意義を見出せない例が言われ、僕も以前、掲示板に回答したことを思い出しました。自分は、一生独身でいるつもりはないけど、また、自分で決めるべき事だと把握もしているが、どうしても結婚というものがピンとこない。結婚って何だろう?


ソクラテスは、「結婚することもでき、結婚しないこともできるが、いずれにしても、貴方は後悔するだろう。」と言いました。また、武者小路実篤は、「結婚するのも幸せだし、しないのも幸せだ。どっちにしても、人間としての喜びがある。」と言っています。
他にも、有名な言葉に、「結婚前は両目を見開いておき、結婚したら片目を閉じなさい。」というものがあります。
あなたは、結婚願望がないといいながら、適正年齢を把握し、漠然とした不安感に煽られてもいます。また、環境がさせるのではなく、あくまで自分の判断により決定することも理解しています。
ピンときていないどころか、あなたほど正確に結婚概念を持った人はいないと言えます。
ただ、なぜスッキリしないのでしょうか?それは、結婚という言葉に捉われすぎているからです。結婚するという行為は、その動機にはじまり、2人にとっての意義や形態、将来的な展望に至るまで、千差万別であり、星の数ほど存在するのが実態でありながら、一度「結婚」という言葉を発し、耳にしようものなら、ある一つの理想のイメージ(それは良いものであることが多い)や固定化された観念が大きくのしかかってくるからです。
そもそも、人間というのはそれぞれが独自に価値基準を持ち、他人と意識を摺り合わせて生活しています。この束が社会を作っているのです。離婚する芸能人が記者会見で、その原因を「性格(趣味嗜好)の不一致」というふうに言っているのを見かけますが、これは本末転倒の苦しい言訳にすぎません。性格が一致しているから結婚するのではありません。不一致を認め合うことができるから結婚するのです。片目を閉じることにも意義があると思います。確かに、結婚というバラ色のイメージが枯れるのは寂しいことかも知れませんが、これは単に、夢想や理想に見切りをつけるということを指すだけなのではない。開いているほうの目で相手を見たとき、気がつかなかった、得がたいものを発見することだってあるのです。


・・・まだ見ぬ生活にイメージを膨らませるのは、確かに現実から離れることでもありますが、あまりに打算的な態度であっても、良いものを呼び寄せない。しかし冒頭の偉人たちの警句は、人間の幸福が、実は結婚というものそのものとは本質的に別次元の項目であるということを語っていると思います。

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。