難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
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悩んでいるヒマはないのか(続・結婚観について)

前回の続きとして、今度はいわゆるキャリアウーマンの投稿について考えたものです。これまで仕事一筋に生きてきた。モチベーションを保つために、今から思えば、ある意味虚勢をはってきた自分に気がついた。周りを見ても、誰一人、もう自分には愛を語りかけてくれる人もいない。結婚は向いていないのではないか・・・。さて、どう答えましょうか。


結婚の是非については、大昔から偉人の言葉がいくつか存在しますが、現代でも充分通じるところがあるのは興味深い事実だと思いませんか。
たとえばソクラテスは、
「結婚することもできるし、結婚しないこともできる。何れにせよ、あなたは後悔するだろう。」
また、武者小路実篤は、同じようでも前向きに捉えて、
「結婚するのも幸せだし、結婚しないのも幸せだ。どっちにも人間としての喜びがある。」
私は2度結婚していますが、自分自身になぜそうしたのかを問うてみても、結婚それ自体に答えは無いような気がしています。むしろ、一度目の結婚は今から思えば単なる一時の心地よい昼寝であり、2度目のそれはもはや結婚というよりも、私にとってはカルチャーショックとでもいうべきものでした。
この2つの偉人の格言や私の恥ずべき経験が示しているように、結婚それ自体に人生の意味を求めても、もっと言うなら意味を擦り付けても、満足感や幸福の答えというのは返ってこない。原理的には別物だということです。
ただ、人間の生きる世界というのは自我の関係性により出来ているといわれており、自我即ち基本的な欲求は他者から認められたいというものが底辺にあるので、他者との関係性を持たずに人間の生はあり得ないということです。この視点からいえば伴侶を得ることは世の中の流れに自分も同化することではありますが、自分のめがける内面の充実やロマンの実現には、何も結婚だけがもたらすものだと考える必要性はない、と言えないでしょうか。
あまりあなたを元気付ける言葉になっていないような気がしますが、あなたは、多くの主婦が実現できなかったことを成し得たわけですから、自信を持っていいと思います。そもそも、私が先に述べたことから言えば、「結婚に向いている人間」などというのはせいぜい、花嫁衣裳が似合う人というぐらいの意味でしかありません。同様に「私は結婚なんか向いてない」というのも、幻想であり、それがあなたにとって大きな意味を持つとは思えないですね。もし私があなたなら、自分で働けなくなるまでじっくりと伴侶を選定するでしょうね。


・・・今から思えば、女性は男性のようにいつまでも夢物語を語っているわけにはいかない事情があります。女性が結婚に関しての悩みを投稿する場合、そのほとんどがその身体的事情に根源があって、現実的にならざるを得ないのかも知れません。でも、だからと言ってほんとうに重要なことに蓋をして結論が出たとしてしまっては、後々に問題を先送りにするだけです。

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