難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ほんとうの満足とは何か

どうして物欲は無くならないのか。と悩む人がいました。ホテルに滞在している時はそんなに感じない物欲も、普段の自宅での生活ではムクムクと湧いてくる・・・。


それぞれ掲げておられる欲しいモノあれこれや、今までに購入してきたモノ全てをもってしても、あなたの心の空虚は満たされないのでしょうね。
ホテルに宿泊しているときには物欲が訪れないのは、心の充足があなたを満たしているからです。余暇や休暇など、非日常の時間というのはそのためにあるといえるでしょう。
ところが、あなたの日常には、あなた自身を実現するような事柄や、心が満たされるような機会が少ない。むしろ日々の小さな挫折や摩擦の中で、抑圧を受けているような感じがある。にもかかわらず、自我は自らを満たそうとします。モノを買い求め、モノに依存することよって空虚を埋め尽くしていく。つまり、自分は特別な存在であり、文化的な生活を送ることや、文明の利器の恩恵を受けることは、あって当然であると思いつづけなければ生きられない。
私自身もこのような心情は少し持っているので、気持ちとしては受け取れないことはないのですが、しかし、あなた自身が感じているように、このことは、必ずしも手放しにしておいて良いものではないのです。なぜか。それは、モノを得て自らを可愛がることは、人間の生としての全てではないからです。現に心の充足や精神的な満たされは、モノに限っていないことをあなた自身が経験しているのですから、受け入れがたい話ではないと思います。
こう考えてみてください。例えば、あなたはいま無限に使えるお金を手に入れました。思いつくものはなんだって買うことが出来ます。あれも、これも、あのホテルも、あの一等地も、すべてあなたのものです。この地球上で目にするものはなんだってあなたのものです、ということになったとき、あなたに物欲というものがまだあるのでしょうか。普通は想像できないと思います。もしなんでも自分のモノにできるのなら、何かを欲しがる動機を失うのです。この意味で、お金やモノの力というのは、自分という存在から見れば、有限で小さいものなのです。さてそのとき、あなたは満たされているでしょうか。こう考えたとき、欠けているもの、その感じ、これこそが、あなたが求めなければならないものではないでしょうか。


・・・現代は、高度消費社会と言われています。つまり、生理的な欲求を満たすこと以上に、生活の付加価値へも消費という行為で対応する、言ってみれば心の充足すらお金に換えるような世の中だという事です。しかし、これと引き換えに、プロセスとか得るための努力とか創意工夫だとか、時間のつぶさな味わいだとか、人が本来持っている能動は、忘れ去られたり退化したりしているような気がします。僕は、物欲があることそれ自体は悪いことではないと思いますし、自分でも欲しいモノは尽きないのですが、要は消費社会に浸かりながらも、常に自分自身が受身にならないような意識、視点を持っていたいと思うのです。

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。