難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
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道を歩くときに必要な道具とはなにか

「洗練」という言葉をハンドルネームにしている若者が、就職ができないでいることをキッカケに、自分のやりたいことは何かがわからないと悩んでいました。同じような質問に過去にも回答してみたことがありますが、沢山の物を与えられすぎて受動的になり、既に規定路線や固定観念を信じ始めている現代の若者に、生きるとはどういうことかを説くことはとても難しいと思いました。


あなたの質問に出来るだけわかり易く答えるために例えを思いつきましたので、ちょっと読んでみてください。
今、あなたは自分の将来、人生について見通しが立たないことで悩んでいます。この状態を、街灯のない真っ暗な夜道を歩いている状態だと思ってください。真っ暗ですから、当然行く先が見通せずに、不安になります。そこであなたは、仕事に就くことで不安感を払拭しようとします。この状態は、例えて言うなら目の前の道を照らす小さい懐中電灯を持つことだと思ってください。
しかしこの懐中電灯は、あなた自身の過失により落として失くすこともあるし、壊れることもあるし、電池がなくなる事も予想され、ひどい場合は同じように前が見えないと悩んでいる人に奪われることもあるのです。
さて、この楽しくない例えから私が言いたいのは何かと言うと、自分の人生がこれからどうあるべきか、そのことを考えるには、あなたの日々行っていることはあまりに近視眼的だということなのです。どうあるべきかを悩んでいるのではなくて、安定した就職先について悩んでいるのだと、あなたは言うかも知れません。しかし、成人した後において「目標がなく、やりたいことがない」と断じてしまうあなたの視野では、仮に就職できたとしても、同じようにそこから先の見通しを、あなたは見失ってまた悩むでしょう。
随分厳しい事を言っているようですが、普通の人が、自分はどう生きるのかを自由に選択できる世の中になったのは、実は最近のことなのです。そこでみんな、一度は同じように悩むのです。人生とは?自由とは?・・・このカテゴリの相談でも数多く見られます。
私がアドバイスするとすれば、先の例で言えば、あなたはもっと大きな懐中電灯で、今よりもっと先の道を、広く照らすべきなのです。質問文から察するに、あなたはまじめな人間であり、ハンドルネームから憶測すれば、人生の洗練に興味がある人なのです。洗練とか、生の充足感は、ここまでやればいいというようなゴールはどこにも設定されていません。生きている限りは高められるような、永遠の課題なのです。と同時に、こうでなければならないというような人生も無いのです。


・・・どんな情報でも1クリックで簡単に得られるような世の中ですから、こんな抽象的な回答ではまわりくどいだけかも知れませんね。だけどこういうことは、入試の答えのようにモバイルで検索しても出てこない分野の話です。具体的に何かをすれば得られるというようなものではない、ということを身に沁みなければならない。やはり「洗練」も、その向こう側にしかあり得ません。

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