難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
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紫色の国
キャンプへ行くだけでは満たされないということで、何年かぶりに海外で夏休みを過ごしてきました。本当に偶然ですが、少し長い休みが取れたのです。
以前の自分のブログを読み返してみると、やはり夏には滑稽なぐらい日々の生活に追い立てられ、まさにそこから逃避するようにリゾート地へ出かけています。いろいろと思うところがあったのでしょう。割と丁寧にわけのわからない文章を書いています。
今回は、同様に南の島に癒しを求めて行くことになったのですが、ここ数年は我が家はアウトドア指向が高く、事前にラフティングだの、カヌーだの、動物だのと予約を入れて行ったため、総じて忙しいリゾートライフになってしまいました。何を思ったのか機中や或いはプールサイドでの読書三昧を期待して、前から読みたかった「悲しき熱帯」を上下巻とも持って行っていたのですが、まったく読む時間は・・・

lotus02

その代わり、現地の人との交流は、なかなか面白く温かく、不愉快な思いをしたことは一度もありませんでした。世界的に有名なリゾート地の贅沢な地域だという事もありますが、たおやかで、リラックスした空気がまず全体を包んでいて、日々の生活と比較して一番ギャップに思うのは、全てが「緩さ」の中でバランスできているということでした。

blueleafsea

これをしてはいけない、ここには立ち入らないでください、危険ですからこれはできません、そういうフレーズによって心が戦々恐々とするような、ささくれ立つような思いをしなくても、誰も侵すものはいないし、そのようなことに神経を費やすよりも、もっと美しいものを眺める時間が必要だし、それはどこの国の人であっても、この紫色の国の中では同じなのです。

lotus01

妻が何度か言いました。「日本の昭和40年代みたいな街だ」。スマホやタブレットも売っているけど、なにより懐かしいような風情がある要因は、物質的なものではなくて、社会全体の緩い空気に他ならないと思います。緩いのは確かに合理的ではないし、時間も費やすことかも知れないのですが、人の心の温かさというのは、夢を語る時間の多さや、その絵地図を広げるスペースの大きさ、社会の寛容さがもたらすものだと思います。

purplesea

旅行から帰ってみると、あのジ○リの宮崎さんが引退するということで、「この世は生きるに値する」を伝えるのが根幹だとおっしゃいました。しかもそれは幾世代にも亘って繰り返し置かれたテーマだと。しかし僕はこういう言い方は誤解を招くと思います。今の日本なら、生きるに値する世界は、どこかにあるから見つけよう、探そう、とする人が多いと思います。探さないといけないでしょうね。無いんですから。

紫色の国へ行けば分かるかも知れません。上品な紫色が、僕は好きになりました。
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