難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
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ゴールデン・ルール
生きるとはなにか?どういうことか?
人はなぜ生きるのか?なんのために?
人類究極の問いであって、万人の問いです。このブログのテーマでもあり、過去には自分なりの考えも書いたことがあります。(そんなに前ではありません。よければ参照を。)
時にはこの曲のように、ゴールデンルールを説いて、「答え」を提示したくなる。しかし、そうした途端に、ではなぜそう言うことができて、それを言える存在が何なのか、その言葉が真に正しいと確かめる方法は何か、そういう疑問が出てきて、とりとめがなくなります。
バート・バカラックとハル・デビッド。もちろん哲学者ではないですが、二人がポピュラーミュージックの世界で産み出してきたものは、この究極の問いの答えにも匹敵します。僕はレコードやCDを聴くことで充分に心が打ち震えるものですから、これを壊したくなくて、気に入ったアーティストのコンサートほど足が遠のくのですが、バカラックが85歳にもなっていて、京都に来ると聞いて、妻に半ば引きずられながら京都コンサートホールへ出かけました。

京都コンサートホール1
京都コンサートホール2

やっぱり85歳ともなるとお爺さんです。小さいお爺さんには良く見受けられますが、ジャケットを着ると、体格が華奢で、後ろから見るとハンガーに掛けられた服のように見えるところなど、本当にただのお爺さんだし、足もとがおぼつかないのか、スニーカー履きで、歌も殆ど歌声になっていなくて・・・。周りのバカラックバンドの面々は、対照的に若く、エネルギーに溢れていて、バカラックのお爺さんぶりが余計に際立っていました。
ただし、ただしです。バート・バカラックが成してきたことというのはこの世界では揺ぎ無いことなのです。面々が相当な尊敬と畏怖を持ってこの巨匠に帯同しているのは手に取るように分かるし、曲が終わるたびにバンドの面々が巨匠に対して賛辞の態度をとるところを見るにつけ、何かこう、重要で取り戻せない瞬間瞬間が過ぎ去っていく、そういう感慨が込み上げてきました。同時に、いくらバカラックが賛辞を贈られ、賞賛されようとも、誰も彼の行きついた高みと同じ場所へは行きつくことが出来ないという確信。そういう意味ではこのお爺さんは世界一有名で孤独なお爺さんなのです。



アルフィーのテーマが締めの曲になるのかと思っていました。(このとき完全に僕は泣いていました)しかしそのあと、聴いたことない曲だと思っていたら、あろうことかつい最近発表した新曲ということで、これには参りました、耳を洗って出直してきますと言わざるを得ない。つまりは、生きるとはなにか?の一つの回答をもらったのです。
来年も再来年も、おこしやす 京都へ。
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