難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
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さらば真空管よ
tube

僕は決してオーディオマニアではないのですが、それでも少しは音楽をかじってきた者として、また、「いい音とはどういう音であるか」を肌で感じていた最後の世代(ああ、こういう事を書くとオッサンっぽいなあ。「いい音を求めて結構散財した最後の世代」とでも訂正してみるか)・・・として、真空管を通したオーディオ信号が、耳にとってとても心地よいものだったことを記しておきたいと思います。

偉そうなことを書き始めましたが、その切っ掛けというのも、所有していた写真の機材がオークションで売れたからなのですが・・・。(やっていることと言っていることが逆行していないのか?)

これまでもこのブログでは、現代の(商業)音楽のインスタント化や、コンビニエンス化が、音楽にまつわる文化の価値を下げていて、音楽を聴くという行為が持つ意味を語ることさえできなくなったことを嘆いてきましたが、それはそれとして、真空管の音というのは、視覚化するなら音が艶々になるというか、空気感を伴って濃密になるというか、味覚化するなら旨味が増す、そういうものなのです。

確かに今のデジタル技術をもってすれば、お金などそんなに費やさなくても、「あの音」がヴァーチャルで再現されます。でもそれはあくまで疑似なのです。それを可としてしまうと、極端な話、ベートーベンでもバカラックでもスマホのゲームのBGMでも、どちらさんのお宅で鳴らしても同じ音です。

音楽が芸術であったり、美しいものを追い求める行為であるなら、こんなに乏しく、拡がりのない話はない。人間の耳というのは、すぐに慣れたりマヒしたりしてしまいます。美食を求めるように、美音にも気を使ってください。
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