難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
歳をとるのは輝きを失うことか

若年層と思われる人が、30歳以上の人に向けて、「自分が一番輝いていたのはいつでしたか?どんなものでしたか?」という質問を投稿していました。軽い気持ちで武勇伝を聴いてみたいといった感じの質問だと思います。しかし、少し冷静に考えてみると、質問が過去形になっていることに一抹の寂しさを禁じえません。そこで僕も考えてみました。


まるで30歳を越えた人間は輝くことを諦めなければならないのかと思わせる質問です。
質問者には、そんなつもりではないです、と言ってもらいたいですが・・・。
確かに30代、40代を迎えると、身体的部分は衰えます。しかし、人間というのは、身体の健全さだけが幸福や充実をもたらすのではありません。幸福や自我の充実というのは、良好な状態がもたらすものではあるのですが、幸福や自我の充実が実存するものではなくて幻想上の事象、つまり、人間が思い描くものである以上は、心理や精神の世界の話になるからです。このようなものの充実というのは、むしろこれからであると思っています。ですから、「一番輝いている」時期がやって来るのは、30を越えてからだと思う人がいても不思議ではありません。
私自身のことを言えば、趣味として創作活動をしていますが、確かに10代20代の頃は稚拙ではあってもとにかく創作意欲というのは目に見えて溢れるように湧いてきたことだったと覚えています。この意味においては、「一番輝いて」いたのかも知れません。しかし、最近はと言えば、意欲というものはかなり引っ込んだところにあって、その代わりに質にこだわっているところがあります。
しかしなぜこんなことが起きるのでしょうか。私の考えでは、何かを創り出す創造力というのは、肉体的な機能低下とはあまり関係がないような気がしています。むしろ影響が大きいのは、「世界を知らないこと」だと思います。これは、「知らない」ことが創作にとって良いのではなくて、「知らない」自分は、その分まだ見ぬ世界にさまざまな期待をするのです。また、知らないということは、どんな刺激も意味が大きくなるのです。若いときの創造力というのは、こうしたものに支えられています。対して、今の創造力は、身に付いた技巧や知識に支えられています。しかし、「知っている」だけに、満足感もなかなか得られないのです。
あなたの質問に私が答えるとすれば、「一番輝いている年齢」など、自分自身では答えを出したくない、というのが本音です。歳をとるにつれて、知らず知らずのうちに失っていくものもあれば、敢えて自ら切り捨てるものもあるでしょう。しかし一方では、沢山のことを知っていきたいですし、世界を全て知り尽くすことなど出来ないというのは事実ではあるのですが、若かりし頃と同じように、だからこそ世界を知り得る意欲に支えられるのだと思うのです。これは、人間の自我の本性ではないでしょうか。


・・・自我の交差する世界、関係する世界の中では、当然、より善いもの、よりスマートな洗練、こういう価値の序列が出来上がります。しかしそれとて一義的に固定されているものではない。年齢によって、価値観の向かい先が異なるからです。より多くの知があるなら、見渡す範囲も広くなる。明らかに、20歳台のころとは、立っている階段の位置が違うわけです。そのスッテップの一つ一つで、別な色に輝けばいいのだと思います。

スポンサーサイト
コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。