難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
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とりあえずテスト的に過去の戯言を移殖04(禁煙スペシャル)

禁煙はなぜ難しいのか考えていたら、自分はなぜ禁煙を実行するのかを考えざるを得なくなった。確かに他者に言われていることが直接の原因ではありながら、するしないの行為の決定は、結局自分の決断なのだから、これは自分に問うしかない

なぜ禁煙が必要か。思うに、まず長年に亘り喫煙してきた人間にとって、タバコが嫌いなもの、或は不味いものだと言うことはできない。むしろ、個人的には嗜好そのものは、タバコがもたらすものに合致していると言わざるを得ない。つまり、タバコとは美味しいのである。

健康上、喫煙が良くない影響を与えるというのは誰でも知っていることである。しかし喫煙者は、それを知りながらも喫煙を続けることができる。また、自身以外に、周りにいる他者にも少なからず影響を及ぼすので、マナーの徹底や分煙などの環境が出来上がった。 しかし、それでもなお、喫煙を続けることができる。こうしたことから言えば、喫煙とは専ら個人的嗜好の問題ではあるものの、社会的な視点も必要な時代になったということだと思う。喫煙することには自由がある。しかし社会的には分煙禁煙に向かっている。

人間は、安易や快楽に向かうことは容易い。嗜好が喫煙に合致しているからといって、日々のストレスの解消や、様々な理由を付加しながら、喫煙という行為に依存することは、分煙禁煙に向かう社会から見れば、それは古い体質や、悪習に引きずられているように見えるに違いない。 繰り返すが、喫煙を好むなら、いくらでも吸う事はできる。しかし、社会全体が禁煙に向かっているのなら、喫煙という行為は良くないものとみなされるだけでなく、喫煙者自身が安易な人間であり、環境に適応することに鈍感だというイメージを持たれてしまうことに繋がるのではないか。 禁煙について、およそこのようなことを考えた。

もう一つ、喫煙と禁煙とでは、結果が正反対であるにもかかわらず、喫煙してきたもの、愛煙家にとって、その行為の差は紙一重である。めでたく禁煙を打ち立てても、吸おうと思えばいつでも吸える。しかし、この簡単な行為が持つ重みは大きい。 かようにして禁煙に(再度)踏み出した。思えば自分の中のロマン性を大切にしている本分としては、煙草は一つの時間を作り出すことの出来るアイテムだった。それは同じように嗜好として位置づけている音楽やバイクに対するものと同じである。 しかし音楽やバイクと異なるのは、同じロマン世界のカテゴリで一つの位置を占めるとしても、社会から見れば、今や嫌悪され、過去の遺物と見做されようとしていることだ。確かに60年代のイタリア映画等を見れば、煙草はごく自然な彩りであったことが良くわかる。

禁煙するかどうかは、何が直接作用してそうするのかと問えば、それは結局、本人の意思如何ということに他ならないのではないか。健康を害する等の、言ってみれば動機付けをいくらでも並べることもできるが、結局はそれと同じように喫煙する理由にしても並べることはできる。 だとすれば、それだけでは禁煙は出来ない。それを乗り越えるのは、意志であると思うし、その意志を確固たるものにするのは、生きる上でどれだけセンスを持っているか、より善い生とは何であるか、そういう考えや認識が支えるのだと思う。

社会とは、個々人の自我の束であり、自我が常に善いやほんとう、美しいものに惹かれ行くもので、これらは常に編みかえられているものだと学んだ。つまり、生きている人々の求める方向が社会を形作っている。 そうであるなら、自らのこの意志や、センス、認識、こういうものだって、全く固有のものであるとは言えない。社会と個は、それぞれがバラバラなものだと考える事はできない。禁煙に絡めて、そういうことを考えた。

ある視点から見れば、それは現実への迎合、ポリシーに欠ける行為というふうに見えるかも知れない。でも禁煙に関しては、喫煙するという意志を貫くにはあまりに犠牲にしなければならないものが多い。しかもそれが段々大きく、増大している。そのことに気がつかなければならないし、 こういうことに敏感である態度こそが成熟だと思う。60年代や70年代が「いい時代だった」と懐古することは悪いことではないが、いつまでもしがみつくことは出来ない。人々の「善」の向かう先は、常に変容していて、社会は編みかえられているのだから。

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