難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
華々しさはどこからやって来るのか

人生はきらびやかなものでなければならない。ピアノコンクールで入賞する、美女コンテストで入賞する、大手企業に採用される・・・。これが叶わない自分なら、生きていても意味が無い。自分なんて好きになれない。友達はなんでもポジティヴで、自分のことが大好きだと言う。でもそんなのナルシストだ。こういうことを言って、過去には自傷行為もあったという人がいました。


友達にできていることが、あなたにはできない。しかし、その友達から見れば、友達ができないことを、あなたは日々成し遂げています。
結果が全てだと思っているでしょう。しかし、いろいろな物事の結果を出すまでには、様々な過程が含まれています。私のような凡人から見れば、少なくともあなたはピアノのコンクールに出るために、ピアノを練習し、入賞できるかどうかというレベルまでピアノの演奏技術を習得したことになります。また、美女コンテストに出るには、自分自身がある程度自分の容姿を評価してないと、応募する動機を持たないはずです。
私は凡人ですが、あなたの友人と同じように自分が好きです。ただ、自分が好きだからといって、それが即ちナルシストであるとはいいたくありません。なぜ自分が好きかというと、上述した過程とういもの、つまり、自分が興味を持ったことがらや嗜好について、そこに他人には見出せない世界の広さや、奥深さを体感できるという自由をイメージできるからであり、このことは、何もピアノを弾く技術がある、容姿に恵まれている、あるいは経済的に豊かである、等等の条件や、増してや他人の評価には左右されないものです。あなたの友人も、言葉にはしないまでも、そういう実感を持っているから自分が好きだといえるんでしょう。
私もピアノを弾きます。先生についたこともなければ、教室に通ったこともありません。大人になってから始めました。人前で演奏する機会もなく、聴かすつもりもありません。何のためにと問いたくなるような状態ですが、一生ピアノから離れるつもりはないのです。何故か?それは、何より音楽が好きだし、ピアノそれ自体が好きだからというほかありません。自分にピアノの演奏ができると信じているし、たどたどしくはあっても、憧れの楽曲が自分の演奏によって再現されることが嬉しくて、耳や指先に心地良い時間をもたらすからです。ピアノひとつとっても、自分が一生を捧げても全ての楽曲を演奏することはできないほどに、世界は広いのです。失礼ながら、コンクールで結果が出なかったことに比べれば、音楽の世界は広く、深いものです。その世界からみれば、あなたが自分を嫌いになる原因さえ、立ち消えてしまうほどだと思います。
少しでも、生きている自分が、この広い世界に成し得る何かに向かって歩きましょうよ。人生は短いですよ。


・・・気持ちは良く解りますけどね。つぶさな味わいが、人生を濃密なものにするという実感がないと、有か無かの2元論でしか自分を評価できない。自分のことを好きになる契機が一か八かでは、世界の拡がりも深みもその目に焼き付けることはできないでしょう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今年の9月末頃になってから、思いついたように始めたブログですが、なにぶんにも偏った独りよがりの稚拙な文章であり、不快な思いをされた方もあるかも知れません。弁明になりますが、当方、ここでは万人受けは望みませんし、初めからその意図をあえて外しながら綴っておりますので、それでもご覧頂いた皆さんには大変感謝しております。また、一部の方からは温かいお言葉やプレゼントもいただき、何ものにも換え難い喜びをかみしめております。この場をお借りして、御礼申しあげます。

本当は、もっと気楽な紙面(古い表現だ・・・)にしたいと思っていますが、それは今後の課題とします。自分の成長がそれを可能にすると思います。

本年も残すところ数日となりました。(更新できるかどうかわからないので)ブログやピグでお出会いした全ての皆さんに感謝を申しあげるとともに、良いお年を迎えられますよう祈念申しあげます。また、今後とも変わらぬご愛顧賜りますよう、重ねてお願い申しあげます。


スポンサーサイト
コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。