難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ライダーの冬(真骨頂・本質・面目について)

時節柄、あまりバイクの話は盛り上がらないわけですが、バイクの好きな人はみんなそうであるように、ハッキリ言って春を待ちわびているのです。冬はレースもオフシーズンですし、何と言っても寒いのは如何ともしがたいものがあります。


僕なんかはバイク好きを語っていても、走ればスポーツカーよりも遅く、何よりもコケることを最大の嫌悪としているようなヘタレライダーですから、こんな寒風吹きすさぶ季節には、エンジンに火を入れることも怠ってしまうようなダメっぷりを露呈してしまいます。冬は僕にとってまさに冬。春を待ちわびながら暖房の前でバイクのカタログをパラパラ捲るのが関の山なわけです。


さて、そんな僕にも、ホンモノのライダーと呼ぶに相応しい友人がいます。全国的に雪が降ると言われていた先週末も、我慢が出来なくなって走ってきたと言います。彼とはバイクに乗らないまでも、生き方や思想、世の中に対する視線など共感することも多く、また音楽などの趣味においても波長が合うわけですが、その中でこのバイクに関しては、面白いぐらいに接し方が違っており、逆にその違いが世界の広さを認識させるに至っています。これまでも多くの事を語り合ってきたわけですが、簡単に言えば、僕は上述のとおりバイクはあくまで生活の彩りの一部でしかなく、バイクに求めるのはあくまで快楽であり、日常とは切り離されたところにある我儘な時間といったものなのです。だからバイクに乗るのに苦痛は避けたいし、非日常の快が得られないなら意味はないのです。これに対して彼にとってバイクとは日常というか、身体の一部であり、バイクに乗るという行為がより深く生活の中に入り込んでいます。結果、僕が選ぶバイクは身の程知らずなオーバースペックであったりラグジュアリー志向であったり、自分を超越する何かをバイクに求めているところがあることに対し、彼の選ぶのは、あくまで等身大の相棒とでも言うべきマシンで、そこには常に対話があって、機能的な所へも手を入れていくというような、より現実的な視線があるわけです。


寒風、そして雪が舞う中を走ってきた友人は、


「身を切るような寒さにへこたれそうになりましたが、こんなに寒いのに乗っているという”劣位の優越感”に浸っておりました。」


と、満足げにメールを送ってきました。とても面白い表現だと思ったので、僕は


「劣位の優越感か・・・それはニュアンスとして素晴らしい表現です。決してこれは自虐ではない。自分の内向きとしてはこれは優越なのだという譲れない気持ち。しかしもう状況を見れば劣悪という以外説明する言葉を持たない。かといってここで自虐と言ってしまうと、自らの内面に劣悪を受け入れてしまうことになってしまう。僕は郵便配達員ではない。どんなに状況が悲惨で過酷なものであろうとも、僕は能動的にバイクを駆る。優越感を得るために貪欲になる。このせめぎ合いですね。」


というふうに返しました。これからも彼は走り続けるでしょう。ホンモノのライダーです。僕は・・・僕は暖かくなるまでカタログを捲ります・・・。

スポンサーサイト
コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。