難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
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とりあえずテスト的に過去の戯言を移殖05

人の常識感覚について、今昔変わったことと変わらないことを端的に言ってみたい。

まず変わらないこと。今の季節、率先して暑い暑いと声高に叫んでいる人は、暑がりなのかと思いきや、冬は冬でいの一番に寒いと叫ぶ。

変わったと思うのは、携帯の着信音に、自らのお気に入りのアイドル歌謡を「憚ることなく」使用することだ。昔なら恥ずかしい曲やタブーな音というものがあったと思う。しかし、今では人が何を聴いているかを指摘することのほうが恥ずべきことなのだ。 曲をダウンロードして、携帯する。当然ヘッドフォンで聴くだろう。手軽で、しかも素早くて、簡単にそれなりの音質が得られる。この一連の営みの中には、どこにも他者の目が介入する余地がない。音楽はもはや、時代の共有物であったり、人々の共感を得る手段である時代ではなくなったのだろうか。これは、 古臭く、逆行した考えだろうか。音楽というのは、こんなにもインスタントなものでいいのだろうか。いい音とか、良い作品というのは、もっと手の届かない所にあって、大切にされるべきなのではないだろうか。得がたくて、手間や時間のかかるものだからこそ、文化はその質を高めるのではないだろうか。

レンタルレコードで、カセットにエアチェックの時代は、普通の音楽好きでも良質な音を求めて最大限努力した。それは単にマニアックな個人的趣味というよりも、そのこと自体が音楽を関わる人全ての共有物にしていたと思う。今のように単に消費するだけでなく、聴く者にも能動的な姿勢が必要だった。ということは作り手も聴き手も、全体で音楽文化を生きたものにしていたのではないか。もちろん、経済効果も健全。今から見れば回りくどい事にお金を費やしたものだ。って歳がバレるな。

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