難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
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差し延べた手を誰が掴むのか

自分には勿体無いような、よくできた夫と結婚したが、ある時から受け入れられなくなり、孤独を感じるようになった。あまりに寂しくて、誰にも甘えられなくなって悩んでいる。こういう人がいました。夫は自分を全て認め受け入れてくれて、人間として尊敬している。しかし一方では孤独だ。これは一体どういうことなんでしょう。


幸せな結婚をつかみながら、孤独を感じる。一見、矛盾した、あり得ないような状況に見えるものの、案外問題はシンプルなんじゃないでしょうか。
あなたの質問文から憶測するしかないのですが、あなたのご主人への尊敬や感謝といった感情には、多分に形式的なニュアンスが見受けられます。それは、あなたのご主人が「器が広く」、「もったいない」人間だということを否定するものではありません。むしろ逆で、「幼少期から波乱万丈」であったあなたを妻とし、「親友として、同士として、愛し、尊敬」し得る関係だと認めるためには、本質的にこれが相互に行われあうものであるべきで、これを真に実践しているのは、実はあなたではなくて、あなたのご主人なのではないでしょうか。あなたの質問ですから、あなた自身のことを控えめに表現することはやむを得ないにしても、このように夫が寛大で能動的であればあるほど、あなたが超えるべきハードルは高くなるのです。
今あなたがするべきことは、ご主人へ謝辞を述べることでも、今以上の尊敬の念を抱くことでもありません。ましてや、ご主人以外の誰かに甘やかせてもらうことでもありません。それこそ、孤独なあなたの心を樹海の中に放り込んでしまうようなものです。
必ずしも、ご主人に近づこうと努力しなくても良いと思います。あなたは自分自身、何に興味があり、どのようなロマンを描いているのか、それを、洗いざらい、ご主人に話してみてはどうですか。もし私の憶測が正しければ、それが突拍子も無いものであっても、あなたのご主人はそれを認め、むしろ喜びを見出すに違いない。そうなれば、お互いに消費するだけの生き方ではなくなると思います。


・・・確かに夫婦と言えども他人ですから、お互いの奥底までを見渡すことはできません。しかし、より深い関係やそれを築くプロセスというのは、言葉で捉えられている一般的なそれよりもずっと赤裸々で、格好の悪いものです。相手のことを尊敬し、人間の大きさに賛辞を送るうちに、そこに到達できない自分との距離を築いてしまう。こうなると、相手に対する場面では、どこまでも自分を隠し、偽り、格好良く振舞うしかない。

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