難しい事を言うつもりはありませんが、一度きりの人生、考えてもいいと思う事は結構あります。
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「名作」の力とはなんであるか

芸術というのは、絵画でも音楽でもそうだが、創り上げる側と鑑賞する側には「創造物」そのものを境にして目には見えない隔たりというものがある。つまり、「美しい」や「善い」といった印象や感受は、創り出されたものを介して作者と鑑賞者が向きあう、この間にあるものであり、それはやっぱり自我同士の受け渡しの瞬間、幻想上の交流なのだと思う。

そうでなくても人間は、人それぞれに価値基準を持っていて、何が善いのか、何が美しいのかといった序列は、原理的には人の数だけ存在すると考えるのがまずもって前提なのではないか。

しかしそれでも、「名画」や「名曲」というものが世界に存在している。「名画」や「名曲」が多くの価値観に「名」に値すると認められているのは、この個々に異なる美の序列が、ある一致した方向をめがけている中で、お互いに承認し合った結果だといえる。

作品は、産み出され、他者の目に触れた直後から、鑑賞する者の価値の序列と比較対象されるうちに、これは何派の潮流で、何何という技法やエッセンスを用いながら、従って何何に分類され、属するもの。こうした分析が必ずといっていいほど行われる。人間の本性として、その作品が何であるのかを説明せずにいられないからだ。
しかし優れた芸術というのは、そのような作品のもつ個別の特質や技法の論議を越えて、人々の多くの価値観が一致を見出すような、つまり、美しいと感じることこそ自我の本性であり、様々な付加価値を取り去ってもなお、思い描かざるを得ないロマンを持つように呼びかける力を持っているものだと思う。
こういった原理とも言えることを万人に説明するのは難しい。それに比べれば、技法がその作品のどこにどれだけ実現できているのかといった説明のほうが容易いと言えるかも知れない。しかしそれ自体は、名作を名作たらしめている多くの人々の共有する価値基準、その成り立ちからみれば、とても小さな、部分的なことにすぎない。


その昔、「いいものもある、だけど・・・」ってスネークマンショウでやってましたが・・・誰でも薄ぼんやりと考えることを、グイっと掘り下げてみる・・・秋ですから。

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